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密かに甘噛み 8

Author: 玄糸雨楽
last update Last Updated: 2025-05-09 16:42:28
「私、昔のセツ君が好きだったな」

口をついた言葉を自分で感じた瞬間、自分はやっぱり今のセツ君を好きになれないって分かって、心が凍てついた。

セツ君の表情がゆっくり変わるのを、ただ見つめてた。目の奥の光がすうっとなくなってるみたいに、底のしれない暗さをまとい始めたように感じた。

「昔なんて、もう⋯⋯過ぎたことなのに」

いつもよりか甘さのない声でセツ君は呟いた。

私は余計だったかも、ごめんって言わなきゃと声をあげようとした。でも、言葉につまる。

彼の表情をずっと見ていられなくて、部屋の窓に視線をそらした。

空は重たい鉛色が垂れ流されている。

また、雨だなんて。

つーっと雫が窓を濡らしているのをじっと見つめてるしかない。

濡れた窓のせいで自分が泣いているみたいに思えてきた。

私の知っているセツ君がどこにも見当たらない。

頼りなくても、臆病でも、ひたすら優しかった昔の彼の方がずっといい。

あの頃の彼はまるで死んだみたい。

昔の欠片が一欠すらもない、今のセツ君を心の奥で拒絶してる、自分。

所詮変わらないでいてほしかったなんて、私のわがままなのに。

変わったのは間違いみたいに思ってるのはおかしいことなんだ。

それなのに、やっぱり寂しい。
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